舞扇斎吾斗(読み)ぶせんさいごとう

世界大百科事典(旧版)内の舞扇斎吾斗の言及

【山村流】より

…日本舞踊の上方舞の流派名。天保年間(1830‐44)に大坂で名振付師として活躍した初世山村友五郎(ともごろう)(のちの初世舞扇斎吾斗(ぶせんさいごとう))を流祖とする。初世は《慣(みなろうて)ちょっと七化》や《三つ面椀久》などを振り付け,地歌や能を舞にとり入れて上方舞を完成させた名手だが,その伝統は2世友五郎(新町に住んだので〈新町の山村〉とも),養女の山村れん(九郎右衛門町),同じく養女の山村登久(島の内)に継承され,明治の大阪芸界を風靡(ふうび)した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」