《花園天皇像》(読み)はなぞのてんのうぞう

世界大百科事典(旧版)内の《花園天皇像》の言及

【鎌倉時代美術】より

…御物)がその頂点としてあげられよう。 また肖像においては,彫刻の重源像(東大寺)や絵画における《法然像》(二尊院)のような高僧像の名作を前期に生んだが,この時期も前記の叡尊像や《花園天皇像》(1338,豪信作。京都長福寺)など作品が多く,その作柄の高さは一般の仏教美術の水準をしのいでいる。…

【豪信】より

…また45年(興国6)には先年行われた《風雅和歌集》(花園院序,尊円清書)竟宴の図を描くために,それに参列した洞院公賢や民部卿公泰の面貌をその邸におもむいて写しているが,似絵作品の制作背景を知るうえで興味深い記録である。現存する作品に《花園天皇像》(長福寺)があり,これには花園院の自筆で法印豪信が暦応1年(1338)9月に制作したことが記されている。図は似絵作品に共通する細線の引き重ねで面貌を描き,儀礼的な肖像画とは異なった写生風で軽やかな画像である。…

※「《花園天皇像》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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