若の浦(読み)わかのうら

世界大百科事典(旧版)内の若の浦の言及

【和歌浦】より

…724年(神亀1)聖武天皇が行幸,風光を賞して名を〈明光浦〉と改め,玉津島神をまつった(《続日本紀》)。このとき従駕した山部赤人の〈若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴(たづ)鳴き渡る〉(《万葉集》巻六)はよく知られ,片男波の名もこの〈潟を無み〉によるという。歌枕で,〈和歌〉から歌道や若さに意をかけて作歌されることが多い。…

※「若の浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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