菅玄洞(読み)かんげんどう

世界大百科事典(旧版)内の菅玄洞の言及

【菅原玄同】より

…江戸初期の儒者。玄同は名。字は子徳,号は得庵。姓の菅原を中国風の一字姓に略して,菅(かん)と呼ばれることが多い。播磨の人。24歳のとき京都に出て,医学を修めるかたわら,藤原惺窩(せいか)に入門して儒学を学んだ。博学をもって聞こえ,林羅山,堀杏庵,那波活所,松永尺五と並ぶ惺窩門の俊才と称される。1628年6月14日,門人の安田安昌に斬殺された。中江藤樹の伝えるところによれば,玄同は博学を誇るのみで人柄がよくなく,安昌を虐待したので,その恨みを買ったのであるという。…

※「菅玄洞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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