菊池源吾(読み)きくちげんご

世界大百科事典(旧版)内の菊池源吾の言及

【西郷隆盛】より

…しかし,58年(安政5)大老井伊直弼の登場と斉彬の急死で窮地に陥り,同志僧月照と鹿児島湾に投身自殺を試みたが西郷のみ蘇生。そこで,菊池源吾と変名して奄美大島に潜居を余儀なくされた。62年(文久2)島津久光の公武合体運動着手にあたり召還されたが,尊攘派対策をめぐって久光と衝突,徳之島さらに沖永良部島に流された。…

※「菊池源吾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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