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葉室光親 はむろ みつちか

世界大百科事典内の葉室光親の言及

【葉室定嗣】より

…鎌倉中期の公卿。初名光嗣。のち高嗣と改め,さらに定嗣と改名。父の権中納言光親は後鳥羽上皇の近臣として活躍したが,承久の乱に際し,責任を負って斬刑に処され,長男光俊も配流された。次男の定嗣もしばらく官位の昇進が停滞したが,しだいに実務の才を発揮し,蔵人,左衛門権佐,右少弁の三事を兼帯し,1242年(仁治3)蔵人頭より参議に昇った。後嵯峨天皇の信任をこうむり,46年(寛元4)天皇の譲位に当たり,別当に補され,院中の雑事いっさいを奉行すべき命をうけた。…

【藤原光親】より

…鎌倉初期の公卿。葉室(はむろ)光親とも称する。父は藤原光雅,母は藤原重方の娘。…

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出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報