葛城県(読み)かつらぎのあがた

世界大百科事典(旧版)内の葛城県の言及

【葛城】より

…《日本書紀》顕宗即位前紀によれば清寧天皇没後,履中天皇皇女(市辺押羽皇子の子ともいう)の飯豊青皇女が忍海角刺宮(おしうみつぬさしのみや)に臨朝秉政(へいせい)したという。葛城臣の没落後,葛城地方の豪族として残った葛城直が,葛城県を管掌していたと思われるが,新たに大王家の外戚となった蘇我氏の馬子が624年(推古32)に葛城県を本居として請うているが直轄領のため許されなかった。葛城県の名は,大化1年(645)8月詔に倭六県(やまとのむつのあがた)の一つとしてみえる。…

※「葛城県」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む