《藤原保則伝》(読み)ふじわらのやすのりでん

世界大百科事典(旧版)内の《藤原保則伝》の言及

【三善清行】より

…893年(寛平5)備中介に赴任した以外は京で大内記,文章博士,大学頭,式部大輔など儒職を歴任し,晩年の71歳でようやく参議兼宮内卿に栄進した。詩文に優れ,《円珍和尚伝》《藤原保則伝》《善家秘記》などを著す。辛酉の年の901年(延喜1)に《革命勘文》を,また914年には《意見十二箇条》を上奏する警世家でもあった。…

※「《藤原保則伝》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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