藤原信実女(読み)ふじわらののぶざねのむすめ

世界大百科事典(旧版)内の藤原信実女の言及

【弁内侍日記】より

…鎌倉時代の日記。《後深草院弁内侍家集》ともいう。著者は中務大輔藤原信実の娘(実名不詳)で,肖像画の名手藤原隆信の孫に当たる。後深草天皇に皇太子時代から仕えた。日記の期間は1246年(寛元4)の後深草天皇即位から52年(建長4)ころまで,内容は200首に及ぶ著者の歌を中心に,宮廷生活における行事や見聞を記す。ただし,現存本は巻末に相当量の脱落があると推定される。【今西 祐一郎】…

※「藤原信実女」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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