藤原八束(読み)ふじわらのやつか

改訂新版 世界大百科事典 「藤原八束」の意味・わかりやすい解説

藤原八束 (ふじわらのやつか)

藤原真楯(またて)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の藤原八束の言及

【藤原真楯】より

…奈良時代の官人。もと八束(やつか)という。藤原房前(ふささき)の三子で,母は牟漏女王とも伝える。740年(天平12)従五位下から従五位上となり,右衛士督,式部大輔,左少弁,治部卿などを歴任し,750年(天平勝宝2)ごろには従四位上,ついで参議,大宰帥となった。この任中に行われた渤海使帰国の宴餞は大使をして称嘆せしめたという。時あたかも藤原仲麻呂政権の形成期にあたるが,その一門と姻戚関係をもちながら,橘諸兄宅の肆宴にも加わっている。…

※「藤原八束」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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