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藤原真楯 ふじわらの またて

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原真楯 ふじわらの-またて

715-766 奈良時代の公卿(くぎょう)。
霊亀(れいき)元年生まれ。北家藤原房前(ふささき)の3男。母は牟漏(むろの)女王。天平(てんぴょう)20年(748)参議となり,大宰帥(だざいのそち),中務卿などを歴任。正三位,大納言兼式部卿にすすむ。度量ひろく,無私の人柄で,聖武天皇に厚遇された。和歌が「万葉集」に8首はいっている。天平神護(じんご)2年3月12日死去。52歳。贈太政大臣。初名は八束(やつか)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原真楯

没年:天平神護2.3.12(766.4.25)
生年:霊亀1(715)
奈良時代の貴族。藤原房前と美努王の娘牟漏女王の子。初め八束といい,天平宝字4(760)年ごろ真楯の名を賜った。右衛士督,式部大輔,治部卿などを務め,参議,以後中務卿,大宰府(太宰府市)の長官,宮中の警護を担当する授刀衛の大将などを歴任した。天平神護2(766)年,兄永手が左大臣になると,大納言に昇任して式部卿を兼ねた。公平で度量広く,十分大臣の重責に耐える人物と評され,聖武天皇から寵遇を受けたという。和歌を好み,『万葉集』に作歌が収められている。

(増渕徹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのまたて【藤原真楯】

715‐766(霊亀1‐天平神護2)
奈良時代の官人。もと八束(やつか)という。藤原房前(ふささき)の三子で,母は牟漏女王とも伝える。740年(天平12)従五位下から従五位上となり,右衛士督,式部大輔,左少弁,治部卿などを歴任し,750年(天平勝宝2)ごろには従四位上,ついで参議,大宰帥となった。この任中に行われた渤海使帰国の宴餞は大使をして称嘆せしめたという。時あたかも藤原仲麻呂政権の形成期にあたるが,その一門と姻戚関係をもちながら,橘諸兄宅の肆宴にも加わっている。

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