朝日日本歴史人物事典 「藤原兼仲」の解説
藤原兼仲
生年:寛元2(1244)
鎌倉後期の公卿。父は権中納言経光。母は正三位藤原親実の娘。正嘉1(1257)年叙爵。正元1(1259)年治部少輔。父祖が近衛家に仕えたように,兼仲も近衛一門の鷹司兼平に仕えて,その家政を司った。弘安3(1280)年兄兼頼が早世したため,家嫡と目されるようになる。同7年蔵人,同10年右少弁。以後弁官を歴任し正応3(1290)年左大弁,その2年後に参議となった。次いで権中納言に昇り永仁2(1294)年に辞任。勘解由小路と号した。日記『勘仲記』があり,この時代の根本史料として用いられている。
(本郷和人)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報