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藤原兼仲 ふじわらのかねなか

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原兼仲

没年:延慶1.1.20(1308.2.12)
生年:寛元2(1244)
鎌倉後期の公卿。父は権中納言経光。母は正三位藤原親実の娘。正嘉1(1257)年叙爵正元1(1259)年治部少輔。父祖が近衛家に仕えたように,兼仲も近衛一門の鷹司兼平に仕えて,その家政を司った。弘安3(1280)年兄兼頼が早世したため,家嫡と目されるようになる。同7年蔵人,同10年右少弁。以後弁官を歴任し正応3(1290)年左大弁,その2年後に参議となった。次いで権中納言に昇り永仁2(1294)年に辞任。勘解由小路と号した。日記『勘仲記』があり,この時代の根本史料として用いられている。

(本郷和人)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の藤原兼仲の言及

【勘仲記】より

…鎌倉後期の公家,権中納言藤原兼仲の日記。その居処によって家名を勘解由小路(かげゆのこうじ)と称したので名づけられた。…

※「藤原兼仲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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