《藤原宗邇伝》(読み)ふじわらのむねちかでん

世界大百科事典(旧版)内の《藤原宗邇伝》の言及

【鬼貫】より

…そのため,筑後三池藩(1687‐89),大和郡山藩(1691‐95),越前大野城主土井甲斐守家(1708‐12?)に仕え,藩政改革などにあたる。《藤原宗邇伝》は武士としての自伝で,俳事については伝えない。主に,1685‐95年は大坂,1695‐1703年は伊丹,1703‐18年は京,以後再び大坂に住み,惟然,支考らの蕉門俳人とも交わった。…

※「《藤原宗邇伝》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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