改訂新版 世界大百科事典 「藤原泰子」の意味・わかりやすい解説
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…平安後期の皇后,初名勲子,のち泰子と改名。宇治のきさきともいう。父は関白太政大臣藤原忠実,母は右大臣源顕房の女師子。鳥羽天皇の践祚後まもなく,白河上皇は泰子の入内を忠実に勧めるが,忠実はこれを固辞した。しかしやがて鳥羽天皇が泰子の入内を求めると,忠実はこれを承知したために上皇の気分を損じ,忠実の内覧停止,関白の解任に至る。その後,鳥羽天皇は譲位して太上天皇になったが,白河上皇が没した4年後の1133年(長承2)に泰子は鳥羽上皇の女御となり,翌年准三宮になり勲子の名を賜ったが,まもなく皇后に冊立されて泰子と改名した。…
※「藤原泰子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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