藤沢親貞(読み)ふじさわちかさだ

世界大百科事典(旧版)内の藤沢親貞の言及

【藤沢氏】より

…中世,長野県上伊那地方を根拠とした武士の一族。諏訪大社上社諏訪氏の一族千野光親の子親貞が,現上伊那郡高遠町藤沢を領したことに始まるとされる。親貞の子清親は鎌倉幕府草創期より御家人として仕え,《吾妻鏡》には弓始等の射手としてたびたびみえる。またほぼ同時期に盛景の名が《吾妻鏡》に現れているが,清親との関係は不明である。鎌倉時代後半についてはようすがわからないが,室町時代1457年(長禄1)には箕輪(現,上伊那郡箕輪町)を本拠とした藤沢氏が見える。…

※「藤沢親貞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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