衣川関(読み)ころもがわのせき

世界大百科事典(旧版)内の衣川関の言及

【衣川】より

…とくに俘囚長安倍氏の奥六郡管轄以来,政治的に特別の意味をもち,前九年の役の攻防線となった。安倍氏の反乱は〈衣川関を封ず〉ことに始まり,〈衣川関を出て諸郡官物を徴収〉して拡大(《陸奥話記》)した。衣川柵を破った源義家の〈衣のたてはほころびにけり〉の歌に,安倍貞任が〈年をへし糸の乱れの苦しさに〉と返したという(《古今著聞集》)。…

※「衣川関」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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