裳の懸帯(読み)ものかけおび

世界大百科事典(旧版)内の裳の懸帯の言及

【懸帯】より

…(1)は平安時代になって形式的に衣の後ろにつけるようになり,そのひもも装飾化して引腰(ひきごし)などというものもできたが,鎌倉時代以後,裳は平時には用いられなくなり,その着装法にも変化が起こった。江戸時代に至って,この裳をつけるのに,唐衣(からぎぬ)と同じきれでこれにししゅうをしたり,あるいは糸の飾りをおいた帯を裳の後ろの腰につけて,これを肩越しに胸にかけてつるようになり,これを裳の懸帯といった。これは古代の裙帯(くんたい)のなごりであるという説もあるが明らかでない。…

※「裳の懸帯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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