襄陽攻め(読み)じょうようぜめ

世界大百科事典(旧版)内の襄陽攻めの言及

【城攻め】より

…城を攻めること,攻城術をいう。
[日本]
 所領支配の拠点としての城の性格が強まり,その規模も拡大した戦国期から近世初頭までを中心に述べる。包囲,接近,突入と占領の三つの段階からなる。第1の段階は,城を政治的・軍事的に孤立させ,城内と外部の支援勢力との連絡を絶つことに目的がある。籠城する側は,城の周辺の土地から兵糧など必要な物資を城に取り込み長期戦に備えるとともに,攻め方にそれらの物資を利用されることを防ぐ。…

※「襄陽攻め」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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