西国坊明楽(読み)さいごくぼうめいらく

世界大百科事典(旧版)内の西国坊明楽の言及

【大衆演芸】より

…これは一人で8人前の芸をするということから出た名称であるが,のちには十二人芸,十五人芸,十八人芸もあらわれた。幕末のころ大坂の吉田流,江戸の川島流が栄え,明治時代には豊崎寿鶴斎,西国坊(さいごくぼう)明楽が著名だったが,後継者がなくてこの2名人を最後に消滅してしまった。写し絵も同じ運命をたどった。…

※「西国坊明楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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