《西蔵旅行記》(読み)ちべっとりょこうき

世界大百科事典(旧版)内の《西蔵旅行記》の言及

【河口慧海】より

…セラ寺のガリ・ピトゥプ僧房にとどまったが日本人であることが露見し02年ダージリンに脱出,翌年ネパールで梵語仏典を集めて帰国した。《西蔵旅行記》(1904)を著した翌年再びネパールに行き,梵語仏典を集め,年末から翌06年にかけてインド訪問中のパンチェン・ラマと接触し,09年亡命中のダライ・ラマとも会った。14年シガツェ経由でラサに至り,翌年両大ラマから写本カンギュルとナルタン版大蔵経を受けとって将来した。…

※「《西蔵旅行記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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