観世元信(読み)かんぜもとのぶ

世界大百科事典(旧版)内の観世元信の言及

【観世流】より

…明治維新当時の家元15世観世元規(もとき)(1844‐1924)はシテ方観世流の家元と進退をともにして静岡に下ったが,のち東京に戻り活躍し,近代の名人として名高い。現在の家元は16世観世元信(もとのぶ)(1931‐ ,元規の孫)で,能楽協会に登録されている同流の役者は東京,名古屋,京都を中心に約20名。芸風は,金春流に比べ地味で力強い奏法で,桴(ばち)扱いは直線的,鋭角的で,掛声の場所やその発声法にも古風を残している。…

※「観世元信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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