観世銕之丞家(読み)かんぜてつのじょうけ

世界大百科事典(旧版)内の観世銕之丞家の言及

【観世流】より

…その間,15世観世(左近)元章(もとあきら)は,1765年(明和2)謡曲文・演出のすべてにわたる大改革〈明和の改正〉を行ったことで名高い(ただしあまりに急激な改革のため没後は旧に復した)。また元章は1752年(宝暦2),弟織部清尚の〈観世銕之丞(てつのじよう)家〉の樹立を幕府に認めさせ四座一流の家元に準ずる家格が与えられた。同家は家元に嗣子のないとき,その跡を継ぐ格式をもち(17世織部清尚,19世織部清興は銕之丞家の初世と2世である),また幼い家元の後見役を務める家柄である。…

※「観世銕之丞家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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