観修寺(読み)かじゅうじ

世界大百科事典(旧版)内の観修寺の言及

【勧修寺】より

…京都市山科区,真言宗山階派の大本山。山号は亀甲山。〈かじゅうじ〉〈かんじゅじ〉とも。醍醐天皇の生母藤原胤子のため,承俊律師を開山に,生母の祖父の宇治郡郡司宮道(みやじ)弥益の邸址に寺が建てられた。これが当寺の開創で,その年代は900年(昌泰3)説が有力。密教の蘊奥(うんのう)をきわめた7代寛信のときから,当寺は真言小野流のうち勧修寺流の本拠となり,また鎌倉時代には代々法親王が入寺する宮門跡寺院となるなど,平安・鎌倉期に皇室や藤原氏の保護を得て大いに栄えた。…

※「観修寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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