《誹諧京羽二重》(読み)はいかいきょうはぶたえ

世界大百科事典(旧版)内の《誹諧京羽二重》の言及

【元禄俳諧】より

…俳壇的にみても,貞徳,宗因をそれぞれ頂点としてピラミッド型に構成されていた貞門,談林の俳壇とはちがい,全俳壇を統率する人物を欠き,群雄割拠の様相を呈していた。91年刊《誹諧京羽二重(きようはぶたえ)》(林鴻編)には,京だけでも67人の〈俳諧点者〉,356人の〈俳諧師〉の名が挙げられ,芭蕉もその〈俳諧師〉の一人として登録されるにすぎなかった。 元禄期に出版された俳書のうち,貞門・談林系の撰集に芭蕉や蕉門俳人の句が掲載され,また逆に蕉門の撰集に貞門・談林系俳人の句が採用されることもしばしばで,このことは,流派によっては色分けのできない,いわば元禄趣味の風調が,元禄俳諧の基層部に存在したことを物語る。…

※「《誹諧京羽二重》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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