《談峯記》(読み)だんぽうき

世界大百科事典(旧版)内の《談峯記》の言及

【藤原鎌足】より

…【青木 和夫】
[伝承]
 藤原鎌足は,その官職名をとって大織冠(たいしよくかん∥たいしよかん)の名で親しまれているが,多武峰(とうのみね)の聖霊院(現在の談山(たんざん)神社)にまつられている。《談峯記》によると,定恵和尚が阿威山から談峯(多武峰)へ改葬して,墓上に十三重塔を建て,その東に御殿を造り,父鎌足の霊像を安んじたのが聖霊院の始まりとされる。後に聖霊院が改造され,妙楽寺と称されたが,この寺は藤原氏の祖神として,鎌足の聖霊をまつる聖地となり,中世まで事があるとその墓が鳴動し,尊像が破裂すると信じられた。…

※「《談峯記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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