《談芸録》(読み)だんげいろく

世界大百科事典(旧版)内の《談芸録》の言及

【徐禎卿】より

…祝允明,唐寅(とういん),文徴明らと呉中の四才子と称せられ,六朝風の繊弱な詩を作ったが,進士になってから,北京で李夢陽,何景明らの詩社に入り,前七子(七子)の一人に数えられて,漢・魏・盛唐風に改めた。その《談芸録》は漢・魏の古詩を主題として論じた詩論の専著で〈詩は精神の浮英,造化の秘思〉という。陸機の《文賦》には必ずしも賛同せず,昭明太子の《文選》は〈冗に過ぎて精ならず〉,劉勰(りゆうきよう)の《文心雕竜(ぶんしんちようりよう)》は〈略にして未だ備わらず〉と批判している。…

※「《談芸録》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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