謫天情仙(読み)たくてんじょうせん

世界大百科事典(旧版)内の謫天情仙の言及

【野口寧斎】より

…寧斎は父没後,哲学館に入り,かたわら漢詩を春濤・槐南父子に学んだ。早くから謫天情仙の筆名で《太陽》に文芸評論を試み,その雄健な筆力を知られたが,不幸にして悪疾に侵され身の自由を得ず,以後はもっぱら漢詩をもって世に立った。はじめ槐南らの星社に入っていたが,1903年《百花欄》を創刊してその編集に当たり,漢詩壇に大きな影響を与えた。…

※「謫天情仙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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