豊竹此吉座(読み)とよたけこのきちざ

世界大百科事典(旧版)内の豊竹此吉座の言及

【菅専助】より

…1761年(宝暦11)には豊竹座で此太夫と同座,以後もほとんど此太夫と行動を共にしている。65年(明和2)8月,豊竹座が退転し,此太夫は翌年8月豊竹此母座を結成,同年冬北堀江市の側に豊竹此吉座本の新芝居を興した。67年12月にこの座で上演された《染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)》が,光太夫が作者菅専助として書いた最初の作品である。…

※「豊竹此吉座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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