貴山城(読み)きさんじょう

世界大百科事典(旧版)内の貴山城の言及

【大宛】より

…前漢の武帝(在位,前140‐前87)の時代に西域に出使した張騫(ちようけん)の報告によって初めて中国に知られるようになった。その頃の大宛は属下のオアシス70余,6万戸,人口30万を擁し,貴山城を治所とする王によって統治され,名馬やブドウの特産があったと伝わっている。武帝が名馬(汗血馬)の入手を目的として派遣した李広利の遠征軍に敗れ,一時,漢の影響下に入ったが,その勢力の後退とともに再び独立を回復した。…

※「貴山城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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