《貴族に関する対話》(読み)きぞくにたいするたいわ

世界大百科事典(旧版)内の《貴族に関する対話》の言及

【パリーニ】より

…54年からはセルベローニ公爵家に個人教授として招かれる。文化の中心地ミラノにおけるこれらの経験を通じて,しだいにパリーニはアルカディア派の影響を脱し,当時ヨーロッパに広まっていた啓蒙主義に傾斜していくが,57年には,その最初の文学的表現として,散文詩《貴族に関する対話》を著した。この作品は,同じ墓地に埋葬された貴族と詩人の2人の死者が,貴族の特権をめぐって対話を重ねるうちに,人間の根源的な平等性を確認しあう結論に達するもので,その背景に流れる思想は,代表作《一日》に受け継がれていく。…

※「《貴族に関する対話》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む