費漢源(読み)ひかんげん

世界大百科事典(旧版)内の費漢源の言及

【長崎派】より

…精緻な花鳥画の画風は南蘋に直接師事した熊代熊斐(ゆうひ)(1693‐1772)の門下の鶴亭(?‐1785),宋紫石(1716‐80)により近畿や関東に伝わり,江戸後期の画壇に写実主義の風潮がひろまる契機となった。(4)南宗画(文人画)派も伊孚九(いふきゆう),費漢源,江稼圃(こうかほ)らの来日中国画人に負うところが多い。長崎に来航する中国商船の乗員には,当時中国で流行していた南宗画をよくする者が多かったが,当時の日本の画人はまだ中国の南宗画に接する機会が少なく,彼らの影響により,池大雅や与謝蕪村らの日本南画が興った。…

※「費漢源」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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