世界大百科事典(旧版)内の賀川流産科の言及
【賀川玄悦】より
…実子の玄吾(満郷)は別家して一家を立て,その第2代満定(蘭斎)は朝廷医となり女医博士に任ぜられている。賀川一門はつぎつぎと独創的研究を行い母子ともに救う助産の術を開拓,賀川流産科は明治に至るまで日本の産科の主流となった。【宗田 一】。…
※「賀川流産科」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...