世界大百科事典(旧版)内の赤間関市の言及
【下関[市]】より
…人口25万9795(1995)。当初,赤間関(あかまがせき)市と称し,県内最初の市であったが,1902年下関市と改称した。響(ひびき)灘沿岸の綾羅木(あやらぎ)川下流には弥生時代の綾羅木郷遺跡や前方後円墳仁馬山(じんばやま)古墳をはじめ多くの遺跡があり,古代条里制の遺構も残っている。…
※「赤間関市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…人口25万9795(1995)。当初,赤間関(あかまがせき)市と称し,県内最初の市であったが,1902年下関市と改称した。響(ひびき)灘沿岸の綾羅木(あやらぎ)川下流には弥生時代の綾羅木郷遺跡や前方後円墳仁馬山(じんばやま)古墳をはじめ多くの遺跡があり,古代条里制の遺構も残っている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...