足立左内(読み)あだち さない

朝日日本歴史人物事典の解説

足立左内

没年:弘化2.7.23(1845.8.25)
生年:明和6(1769)
江戸幕末の天文方。名は信頭で生家の姓は北谷,大坂御鉄砲奉行同心の足立家に養子に入り,養父の左内を襲名した。麻田剛立 の弟子で高橋至時,間重富に次ぐ実力者。寛政8(1796)年改暦御用の命を受け,至時の手付(属吏)となり,京都において御用を勤め,翌9年改暦御用済みとなり大坂の元の職に戻ったが,その学識才能を惜しむ間重富らの奔走で,文化6(1809)年同心の身分のまま暦作御用を命ぜられ,江戸に出役して高橋景保の手付となった。特に語学に天分があり,文化10年馬場佐十郎と共に松前に出張してロシア語を学び,ロシア人との交渉に携わった。この間のことはゴローニンの『日本幽囚記』に詳しい。帰府後貰い受けてきたロシア語の辞書を幕府に提出し,その取り調べを命ぜられた。天保6(1835)年『魯西亜辞書』を完成,同年11月天文方に昇任。この間,外国船が来航するたびに通訳として浦賀・大津浜におもむいた。また渋川景佑と共にオランダ語の天文書『ラランデ』をもとに『新巧暦書』(40冊),『新修五星法』(10冊)を完成し,それを参考にした天保改暦にも参画した。なお,没日は過去帳や墓誌では7月1日没,上記は『天文方代々記』による。

(内田正男)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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