世界大百科事典(旧版)内の跋虜沙城の言及
【シャーバーズ・ガリー】より
…パキスタンの北西辺境州,ペシャーワルの北東約70kmにある村で,古代の通商路上の要衝として栄えた。A.フーシェは玄奘の《大唐西域記》に記される跋虜沙(ばろしや)城にあたるとした。南東の丘の西側山腹の岩とそこから落下した山麓の岩塊とにカローシュティー文字で刻まれたアショーカ王の磨崖法勅がある。…
※「跋虜沙城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…パキスタンの北西辺境州,ペシャーワルの北東約70kmにある村で,古代の通商路上の要衝として栄えた。A.フーシェは玄奘の《大唐西域記》に記される跋虜沙(ばろしや)城にあたるとした。南東の丘の西側山腹の岩とそこから落下した山麓の岩塊とにカローシュティー文字で刻まれたアショーカ王の磨崖法勅がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...