転般法(読み)てんぱんほう

世界大百科事典(旧版)内の転般法の言及

【大運河】より

…河陰から黄河をさかのぼって長安に達するには,途中で三門峡の険所を避け,黄河の北岸で物資を車に積み換え陸運せねばならなかった。この陸運の部分を短縮して効率を上げたのが,裴耀卿(はいようけい)によって733年(開元21)から行われた転般法で,3年間に700万石(約50余万t)の米穀を輸送することができたという。744年(天宝3)には長安への物資輸送をいっそう円滑にするため,漢の漕渠,隋の広通渠のあとをついで長安から華陰まで漕渠が開かれた。…

※「転般法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む