輞川荘(読み)もうせんそう

世界大百科事典(旧版)内の輞川荘の言及

【荘園】より

…この時代はこうした土地には別墅,墅,山居,別業の字が使われた。唐になると画題としても有名な王維の輞川(もうせん)荘(陝西藍田(らんでん)),李徳裕(りとくゆう)の平泉荘(洛陽の南),中条山王官谷の司空図(しくうと)の荘のように周囲十数里,山川とかなりの田地を含む荘園の具体例も知られるようになる。唐の貴族,官僚,寺院などが社会経済史的意味での荘園を所有し,そこには主人の家屋=荘院,耕作者の住居=客坊や碾磑(てんがい)(水車)などの設備が設けられ,荘吏,監荘とよぶ監理者がいて農業経営を行っていたと考えられる。…

※「輞川荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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