世界大百科事典(旧版)内の辛酉政変の言及
【清】より
… この間,清朝権力の中枢で政変が起こり,権力は西太后らの一派に帰した。1861年(咸豊11)のいわゆる辛酉(しんゆう)政変である。この後,若干の経緯を経て西太后は最高権力者となって清末の政局を壟断(ろうだん)するが,彼女の権力基盤のもっとも重要なものは,太平天国鎮圧に功績のあった曾国藩,李鴻章らの洋務派漢人大官僚である。…
※「辛酉政変」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...