連合東インド会社(読み)れんごうひがしいんどかいしゃ

世界大百科事典(旧版)内の連合東インド会社の言及

【東インド会社】より

…オランダの東インドにおける植民地経営,貿易を独占的に行った会社。オランダの東洋進出は,スペイン,ポルトガルより約1世紀遅く,1595‐97年のハウトマンの航海に始まるが,その帰国に刺激されて多くの航海会社が乱立し,過当競争により利益が上がらなくなったので,オランダ連邦議会は1602年3月に連合東インド会社設立を決定した。これによりオランダのアムステルダム,エンクハイゼン,ホールン,ロッテルダム,デルフト,ミッデルブルフの6ヵ所に散在していた個々の会社が統合され,それぞれは東インド会社のカーメル(支部)と改称された。…

※「連合東インド会社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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