世界大百科事典(旧版)内の《道中悲記》の言及
【血槍富士】より
…内田吐夢(とむ)監督の時代劇映画(1955)。東映作品。大井川の川止めにあった宿場を舞台に,さまざまな人々の姿が,大金を所持する者や挙動不審の者をめぐる泥棒騒ぎ,女衒(ぜげん)に売られていく娘の身の上などの数々の挿話を通じていわゆる〈グランド・ホテル形式〉で描かれ,そのなかで,若殿を殺された槍持ちの権八が数名の侍を相手に闘い,仇討を果たすに至るさまをつづる。抑揚のきいた演出と権八役の片岡千恵蔵の名演とによって,前半,酒乱ながらも人のいい若殿に対する権八の思いやりがあたたかく描き出され,ラストは一転,えんえん長い凄絶(せいぜつ)な死闘のなか,槍をふるって闘う権八の憤怒が,下層の人間,追いつめられた者のエネルギーの爆発としてくりひろげられる。…
【月形竜之介】より
… 東京の荏原中学,三田英語学校を経て,1920年,京都の日活俳優養成所に入り,尾上松之助主演《仙石権兵衛》に端役で映画初出演,やがて牧野省三のマキノ映画で,数本の端役出演ののち,24年,阪東妻三郎主演《粟飯の焚ける間》で本格的な映画デビューを果たし,さらに《雲母阪(きららざか)》《討たるる者》《復讐の日》とつづけて阪東妻三郎と共演して認められ,沼田紅緑監督《刃光》二部作で主演スターとなった。以後,マキノ時代劇の一翼をになうスターとしての活躍は華々しく,《文明の復讐》(1925),《修羅八荒》《転落》(ともに1926),《悪魔の星の下に》《道中悲記》《砂絵呪縛》(ともに1927)などで,人気を不動のものにした。この間,《美丈夫》(1926)などで牧野省三の娘のマキノ輝子(のち智子)と共演することが多く,妻子がありながら恋愛関係になってかけおち騒ぎまで起こし,怒った牧野省三から一時馘首(かくしゆ)された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」