鄭圃隠(読み)ていほいん

世界大百科事典(旧版)内の鄭圃隠の言及

【鄭夢周】より

…朝鮮,高麗末期の文臣,学者。初名は夢蘭,夢竜。字は可遠。号は圃隠。慶尚道迎日の人。王朝交替期の政治家として活躍,対明関係の修復に功があり,倭寇の取締りを求めて来日したこともある。李成桂(李朝の太祖)等と恭譲王を擁立した後,李成桂推戴の動きに対抗し,高麗を支えようとしたが,李芳遠(太宗)の門客の手にかかり,開城の善竹橋で暗殺された。《朱子家礼》《大明律》により,社会倫理と法秩序の確立を図り,また学校を整備し,朱子学によって後進の指導につとめたので,李穡(りしよく)に〈東方理学の祖〉と評された。…

※「鄭圃隠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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