世界大百科事典(旧版)内の酔竹側の言及
【唐衣橘洲】より
…赤良,朱楽菅江(あけらかんこう)とともに天明狂歌の三大家といわれた。1783年(天明3)《狂歌若葉集》刊,社中を酔竹側(すいちくがわ)と称し,温雅な作風を主張したが,奇知奔放な赤良に圧倒された。編著はほかに《狂歌初心抄》《狂歌二妙集》《酔竹集》など。…
※「酔竹側」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…赤良,朱楽菅江(あけらかんこう)とともに天明狂歌の三大家といわれた。1783年(天明3)《狂歌若葉集》刊,社中を酔竹側(すいちくがわ)と称し,温雅な作風を主張したが,奇知奔放な赤良に圧倒された。編著はほかに《狂歌初心抄》《狂歌二妙集》《酔竹集》など。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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