采女ヶ原馬場(読み)うねめがはらのばば

世界大百科事典(旧版)内の采女ヶ原馬場の言及

【馬場】より

…中山安兵衛の仇討で知られるが,享保期(1716‐36)には8代将軍吉宗が流鏑馬を盛大に行ったことでも有名である。また享保期,火災焼失後の明地に作られた木挽町(現在の東銀座付近)の采女ヶ原(うねめがはら)馬場は,地の利がよかったことから,馬場周辺が歓楽地としておおいに発展した。【玉井 哲雄】。…

※「采女ヶ原馬場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む