《野増節》(読み)のましぶし

世界大百科事典(旧版)内の《野増節》の言及

【大島節】より

…〈わたしゃ大島 御神火(ごじんか)育ち 胸の煙は絶えやせぬ〉の歌詞で有名だが,この歌詞はのちに作られたもの。明治初めのころ大島の野増(のまし)村の人たちが茶摘歌としてうたい出したとされ,《野増節》ともいったが,大島に古くからあった民謡に,横浜で製茶の作業歌としてうたわれていた《お茶場節》の曲趣をとり込んだものという。明治末期のころからしだいに知られるようになり,とくに東京湾沿岸の各地花柳界に紹介されて《大島節》という曲目名も固定していった。…

※「《野増節》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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