金享稷(読み)きんきょうしょく

世界大百科事典(旧版)内の金享稷の言及

【金日成】より

…当時の日本軍や警察関係者,現在の韓国体制側に〈金日成〉襲名説をなすむきがあるが,客観的根拠がない。平安南道大同郡(現,平壌市万景台区域)に生まれ,1925年民族運動家であった父金享稷(1926没)にともなわれて西間島に移住,撫松第一小学校,華甸県華成義塾をへて,27年吉林毓文中学入学後共産青年同盟の活動家となり,29年には国民党軍閥政権による逮捕投獄も体験した。30年の〈間島五・三〇蜂起〉以後の大衆的反日抗争の高揚,そして満州事変の勃発という緊迫した状況の中で31年10月入党(当時としては中国共産党),32年春安図県での抗日遊撃隊組織に参加した。…

※「金享稷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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