鎌田西仏(読み)かまたさいぶつ

世界大百科事典(旧版)内の鎌田西仏の言及

【下河辺荘】より

…《吾妻鏡》によれば88年(文治4)6月4日に帥中納言藤原経房が当荘の地頭職の沙汰を受け,また1253年(建長5)8月30日には下河辺荘の堤を築くため,その奉行人として清久弥次郎保行,鎌田三郎入道西仏,対馬左衛門尉仲康,宗兵衛尉為泰が任命されたという。このうち鎌田西仏については浅草寺(東京都台東区)に彼が奉納したと伝えられる大型板碑が現存している。1457年(長禄1)には関東公方足利成氏が鎌倉を追われて下河辺荘内の古河城に入り,以降古河公方と呼ばれている。…

※「鎌田西仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む