世界大百科事典(旧版)内の鎌田通清の言及
【鎌田氏】より
…藤原北家,守部姓首藤(守藤)氏(すどううじ)族。首藤資清の孫(一説では子)通清が鎌田権守を称したのに始まる。資清は本姓藤原と養父の姓守部とを合わせて守藤を称したと言われ,また源頼義に属して軍功を立てた賞として主馬首(うまのかみ)に任じられたため首藤を称したとも言われる。その子資通は頼義の子義家に従って後三年の役(1083‐87)に活躍した。通清はこの資通の子で源為義の郎従であった。いわば源氏譜代の家人であるが,通清が鎌田氏を称した由縁については不明。…
※「鎌田通清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」