長崎御用銅会所(読み)ながさきごようどうかいしょ

世界大百科事典(旧版)内の長崎御用銅会所の言及

【銅座】より

…ここに,長崎輸出銅確保のための銅座再興の理由があったが,1744年(延享1)銅座は地売銅の分については専売から外し,また各藩の鋳銭の中止に伴う地金銅需要が減少したため,地売銅値段が下落し,それに伴って46年に銅座が廃止された。代わって大坂に長崎御用銅会所がおかれ,長崎輸出銅定高は310万斤と定められた。 銅山の衰退はなお続き,地売銅値も高騰していった状況をみた幕府は,1766年(明和3)みたび銅座を再興し,全産銅の独占を実現,長崎用銅292万~327万斤,地売銅154万~170万斤を確保するとともに,地売銅値段を公定とした。…

※「長崎御用銅会所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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