長野友秀(読み)ながのともひで

世界大百科事典(旧版)内の長野友秀の言及

【山田奉行】より

…伊勢国山田は中世には伊勢神宮の門前町として発展したが,豊臣秀吉はこれを直轄地とし,神宮仕職の神部貞永を奉行に任命して支配にあたらせた。江戸幕府も直轄下に置き,1603年(慶長8)北畠氏の庶流とも,伊勢白子の町人出身とも伝えられる長野友秀を奉行に任じた。後年,大岡忠相がこの山田奉行時代に徳川吉宗に見いだされ,昇進を遂げたことは著名である。…

※「長野友秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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