関中十八陵(読み)かんちゅうじゅうはちりょう

世界大百科事典(旧版)内の関中十八陵の言及

【陵墓】より

…洛陽老城の北西15km,河南省孟津県官荘村東の大塚がそれに比定され,つづく宣武帝の景陵は塚頭村東大塚,孝荘帝の静陵は上砦村南大墓と考えられている。
[唐~清]
 唐の陵墓は最後の昭宗和陵を除く18陵がすべて渭水の北にあり,関中十八陵と称する。初代高祖献陵は平地に築かれ高さ約15m,一辺100m前後の方錐形であるが,太宗昭陵は墳丘を築かず九嵕山(きゆうそうざん)の山腹に墓坑をうがち山上陵とし,唐代帝陵の制とした。…

※「関中十八陵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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